2009
ジャミルの言葉を思い出しつつ。
現れたヴァンパイアを、アムロは見知っていた。
ハリー・オード。ヴァンパイア女王の親衛隊長だ。赤いサングラスのハリーは壊れた窓枠を何事もなく乗りこえると、後から続くシーマに紳士的に手を貸す。それからコウとアムロに近づくと、ためらいもなく頭を下げた。
「職場を荒らして申し訳ない。弁償はさせていただく」
「見積もりに、慰謝料も上乗せさせてもらうよ?」
「いたしかたあるまい」
ヴァンパイアが素直に譲歩することは稀だ。彼らは自分たちが畏怖される存在であることを知っている。それらを踏まえて、アムロは不審をたっぷりと声に乗せた。
「詳しい話を聞かせてもらいたいけど、今夜はもうお断りだ。千客万来だしね」
壊れた窓枠の向こう、夜の雨の中には複数の人影が何の気配もなく立っている。闇に光る獣の眼の群れ。先頭に立つのは、アルファだった。
「ヴァンパイアが人狼に宣戦布告をしたのかと思ったが、違うのか?」
大柄な身体は雨に濡れ、銀の髪からは雫が滴っているが、現れたガトーの目は怒りに燃えていた。アルファの怒りに引きずられて、群れのメンバーも殺気だっている。アムロの隣にいるコウの気配もざわめき始めていた。アルファ狼は、群れの空気を左右するのだ。群れに属さないアムロだけは、しれっとした表情を崩さなかったけれど。
「女王は平和を望んでおられる」
怒る人狼の群れを前に、ハリーは毅然と言い放った。
「この愚か者の始末は、我らがつける」
ハリーがちらりとシーマを見ると、心得たようにシーマがぱちんと指を鳴らした。コウと争っていたヴァンパイアの背後の空間が開く。ぽっかりと空いた闇から伸びた鍵爪をつけた腕が、ヴァンパイアの頭部を鷲掴むと悲鳴をあげる間もあたえず闇に消え、空間も閉じる。
「…シーマさん、俺の工場に勝手にトンネル掘らないでよ」
魔法で空間をつなげられたことに、アムロは苦情を伝えた。赤い指先で、赤い唇をなぞりながら魔女は妖しく微笑む。
「ちゃんと埋めただろ?不安なら、後で封印を割引サービスでしてあげるよ」
曰く言いがたい二人の会話に、噛み付くような声が分け入る。
「自分で作っておいて、よくも言う。ヴァンパイアの手先が」
「生憎、あたしの魔法は慈善事業じゃないのさ」
不機嫌なガトーを煽るように、シーマは言い放つ。冷たく睨みあう二人は、もともとの相性の悪さがさらに悪化しているようだった。場外乱闘に飛び火しそうなので、アムロは2人の注意を引いた。
「代金はこっちがヴァンパイアに請求するから、2人とも大人しくしててくれ」
改めてハリーに向き直ると、赤いサングラスのヴァンパイアはどこか面白そうな表情をしていた。少しだけ意外に思いながらも、アムロは言った。
「ヴァンパイアは騒動ばかりもたらすけど、女王が平和主義なのは信じるよ。平和の定義が俺のと近いことを期待してる」
「我らとウォーカーの間には不幸な歴史がある…だが、過去に囚われていては未来は拓かれない。ましてや、この変革の時代に」
「未来志向なのは、悪くない。じゃあ、明日の話だ。明日の12時に、ケリーのダイナーで話を聞こう。立会人は、シーマさんとガトー。一人で来てくれ」
ヴァンパイアにとって不利ともいえる一方的な申し出だったが、ハリーは文句を言わなかった。
「では明日に」
一例すると、噛み付くような人狼の視線を多数うけながらも悠然と、雨の闇に姿を消していった。
「じゃ、あたしも帰るよ。ああ、それから…」
そういうとシーマはアムロの側に近づいた。赤い指先で、アムロの顎を捉えると赤い唇を重ねた。まさかの光景に、反応できたものはいなかった。人狼でさえ。
「シ、シーマさん…?」
キスされたアムロでさえも、呆然としている。
「ローレライからの伝言、確かに伝えたからね」
アムロの唇を堪能し、楽しげに笑うと、シーマは赤い傘をさし、鼻歌混じりに帰っていった。
「…女狐が」
「え、シーマさんて狐だったの?!あ、でも魔女だから、いや、その、アムロ、浮気はよくないと思うよ…!」
ガトーの呟きに、非現実的な光景を目にしたコウがとんちんかんな反応をする。とりあえずアムロは、コウを蹴飛ばすのだった。
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